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ふるさと色川

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伝統・文化

探偵ヒロンボ 旗の謎を追う

6月のある日。その旗は見つかった。「色川村靑年團 南平野支部」。中央に桜が描かれ、その文字とは裏腹に、鮮やかな色彩は新しさすら感じさせる。いつ、だれが作り、どのように使われていたか。「支部」とあるが他地区でも同じような旗が存在するのか。また一つ、ここに謎が生まれた。出番が来たようだ。

「色川村」とあるため合併前の昭和30年以前に使われたことは間違いない。その時代を知る住民への聞き取りを開始。今回は助手の手を借りることにする。

ともあれ、まずは旗の観察。すると旗棒の最下部に小さな文字を見つける。「財団法人 日本青年館事業部 謹製」。いきなり答えにたどり着いたか。そう考えたが、聞くと日本青年館で旗を製造した歴史はなく、明治期から各地で発足した青年団の認証をしていたそうだ。開きかけた扉が静かに閉じる。まだ始まったばかり。「探偵は足で稼ぐ」。助手に放ったその言葉は刑事だった昔の自分を思い出させた。

南平野、小阪、口色川、大野、田垣内、熊瀬川…当時の状況を知り得る人を回る。時折、話に食い違いが生まれる。無理もない、相当昔のこと。ただ共通して語ってくれたことがあった。忘れないようまとめておこう。

色川村の時代に色川神社で相撲大会、学校の運動場で陸上大会、弁論大会…そんな折に各地区団旗を持ち寄って応援していた。学校も3つあり、対抗意識がかなりあった。青年団は各地区30~50人、色川だけで300人はいたという。

その後、田垣内でも旗が見つかり、徐々に全貌が見えてきている。この謎が解けた時、各地区立派な団旗を持ち寄っていた、当時の活気を感じられるのかもしれない。

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