シシ垣を守れ!サミット開催

江戸時代、青森の八戸で猪飢渇(いのししけがじ)と呼ばれる冷害に猪の獣害が重なり、3000人が餓死する飢饉が起きた。色川でも深刻な獣害は、決して今に始まったことではなくい。獣による人にとっての害を防ぐため、数キロにも及ぶ石垣を作った。色川の山中でもシシ垣跡が残っている。

12月9~11日、「第10回シシ垣サミット」が新宮市高田で開催された。主催の「シシ垣ネットワーク」は、山の中に埋もれつつあるシシ垣に歴史的産業遺産として文化的な価値を持たせ、その掘り起こしと保存、はたまたシシ垣を活用した地域おこしを模索する団体、個人のつながりの場である。「シシ垣を地域遺産として守り活かす方策を考える」をテーマに、現地見学会と講演・ディスカッションが行われ、多くの人が足を運んだ。

講演では全国各地でシシ垣の保存、活用に力を入れている団体の話があり、熊野古道につながるシシ垣を一人で開拓したパワフルおじさんの事例や、高津気のおばちゃんたちが中心になってシシ垣の整備活用を行う「高津気地域づくりの会」の話に、参加者は興味深そうに聞き入っていた。

現地見学会は高田地区と高津気地区のシシ垣の見学を行った。特によく整備された高津気のシシ垣は圧巻で、多くの参加者がレンズをのぞき、感嘆の声を上げていた。ある参加者は「山の中にこんな立派なシシ垣があるなんて知りもしなかった」「まさに万里の長城!」と、少し興奮気味に話していた。

時代は変わり、再び日の目を見つつあるシシ垣。かつて大切な農作物を守ってきたシシ垣が、今度は地域を活気づける新たな魅力になろうとしている。