私の親方 菊地七郎

林業に従事する作業員は自らを「山師」と呼ぶ。色川地区・籠(かご)に住む菊地七郎親方は、中学校を卒業して以来今日まで60年以上、山一筋に生きてきた本物の山師だ。今年で77歳。山を踏み分け、木に登り、丸太を担ぎ、チェーンソーを振り回すバリバリの現役である。

林業と一口に言っても、業務内容は多岐にわたるが、木を伐り(伐採)、その伐った木をトラックが入る所まで出してくる(集材、搬出)のが、菊地親方の仕事だ。農業でいえば「収穫」作業がこれに当たる。違いは収穫物の大きさ、そして地形。畑のジャガイモをポイポイかごに放り込むというようなわけにはいかない。山から山へ幾本ものワイヤーを渡し、集材機の力で吊り出してくるのだ。ワイヤーの長さは数百メートルから1キロを超える。山全体を相手にする大きな仕事だ。

林業は絶えず危険が伴う。統計上最も死傷者の多い業種らしい。私自身もひやりとしたことは一度や二度ではない。子方として危険を承知でこなさなければならない作業も多い。しかし、親方と一緒にいると、「絶対に大丈夫」という安心感がある。それは、長い経験と深い知恵、確かな技術に裏打ちされた配慮と指示によるものではあるが、それ以上に、説明できない「何かの力」が親方の人格を通して働いている――そんな気がしてしまう。きっと山の神に愛されているのだ。生きていくために山を選んだ山師はたくさんいるが、山から選ばれた山師は、私の知る限り、菊地親方ただ一人である。

最近になって、「もうそろそろわしも引退じゃ」と親方は口にする。けれども、山がこの親方を手離すことはないだろう。

親方

菊池七郎親方