60年間地域を支えた旧大野保郷会館

倒壊の恐れがあることから、今年10月に旧大野保郷会館が解体された。これまで大野区民をはじめ、保育所など多くの人々に利用されてきた旧会館について、大野保郷会会長の大東利吉さん、田古良元昭さん、原和男さんにお話を伺った。

昭和36年4月29日、大野保郷会館の落成式には、約120人が集まったという記録が残っている。当時の会館の2階では、映画を上映できるよう映写機を設置できる構造で、舞台も備えられていたと聞き、大変驚いた。

「色川だより39号」によると、当時2階は映画などの娯楽の場として親しまれていたそうだ。その後、昭和40年には大野保育所が設立、2階に開所された。建設から数年しか経っていなかったことや、大野区が運営を担うことについて、当時はさまざまな議論もあったという。平成5年に新しい園舎へ移るまでの約30年間、数多くの子どもたちが過ごした場所であり、その役割の大きさを改めて感じる。 私が色川に来た時にはすでに使われておらず、静かに佇む建物という印象だったが、先生方の歓送迎会や運動会の打ち上げ、選挙の個人演説、婦人会、那智勝浦町や森林組合など外部団体の会合など、実に多くの人々に利用されてきたそうだ。当時は色川地区で唯一の立派な会館で、祭壇を運び葬儀にも使われていたと聞き、本当に多くの場面で地域を支えた、大切な建物だったのだと感じた。個人的には、一度2階の様子を見てみたかったなと思いつつ、約60年間にわたり地域の暮らしを支えてくれたこの建物に、改めて感謝の気持ちを伝えたい。