山の神様をまつる山祭り

はるか昔、神話の時代。海の神様と山の神様が、海の生き物と山の樹木と、どちらの数が多いか数えることになりました。数で負けそうになった山の神は、山にいた人を木として数え、数えられた人を木にしてしまいました・・・。
–pagebreak–
11月7日は「山祭り」。この日は山の神が木の本数を数える日とされ、山師たちは山に入ることを禁じ、枝の一本も伐ってはならない日とされています。

「鳥居って上が長いんでしたっけ?」

子方の若者が、菊地七郎親方に尋ねます。山祭りの前日、作業現場にまつる祭壇を準備しておきます。もちろん神様に供える榊(さかき)も、当日は伐ることが許されないので、前日に用意します。不美人で、男性に縁がなかったとされる山の神を喜ばせるために木で作った男性器も毎年、魂込めた力作が準備されています。

7日朝、現場へと車を走らせて、生魚や寿司、そして、親方特製のだんご(おはぎ)、子方の力作などを祭壇いっぱいに供え、1年間無事に仕事ができたことへの感謝と次の1年の安全を祈願し、お神酒をいただきます。

その後、親方宅に関係者や地域の住民が集まり、親方宅にまつってある山の神に般若心経を奉納します。そして、磯魚やカニなどの海鮮料理とともに、親方特製のだんごも振る舞われ、飲めや歌えの宴会が始まります。

午後になると、菊地親方の暮らす田垣内区を開いたという、開山神社の宮祭りが始まります。女人禁制の山上にある祠も親方により奉納されたもので、毎年7日にもちまきが行われます。その後は、もちを抱えた多くの住民が親方宅を訪れ、宴会は加速し、夜中まで続きます。
 
「若いころは山の神なんかまつったりはしてなかった」という菊地親方に、まつるようになったきっかけを聞くと、「一時、けがばっかりしよったころ、神主さんに『だまされたと思ってまつってみよ』と言われ、最初は自分で神棚を作って、まつり出したら、けがせんようになった。それから、宮大工さんに作ってもらったんや」とそのいきさつを語りました。

常に危険と隣り合わせの伐採や搬出といった仕事に就き、日々感じます。今生きているのは、当たり前じゃなく、生かせてもらえているのだと。一瞬の気の緩みや慢心、時には「神様のいたずらなのか?」と思うようなことで、大きなけがを負ったり、命を失うこともある山師。だからこそ、生きていることに素直に感謝できるのではないでしょうか。
(執筆:とばやん)

作業現場に作られた祭壇

菊地親方宅にまつられた山の神(左上)に般若心経を唱えます。山の神の神棚はこの日だけ開かれます