令和初の色川盆踊り大会に向けて

 近づく令和5年の盆、令和初の色川盆踊り大会が、実に5年ぶりの開催を控えている。最後に大会が開催されたのは、平成最後の夏。翌年の令和元年は台風で中止。その後、新型コロナウイルスの感染防止対策による中止が3年続いた。コロナをきっかけとした地域行事の衰退や消滅が日本中で危惧される中、再開に多くの人が心を寄せる色川盆踊りの様子を追った。

 盆踊大会が始まったのは1974年。それまで集落ごとにお寺などで催されていた盆踊りが人口減少で失くなっていた所、色川を盛り上げようと結成された当時の青年会が企画した。

 当初は、校庭で菓子パンと飲み物の振る舞いから始まり、婦人会の協力などにより、内容も徐々に充実。当時の青年会が解散後の数年間は、公民館の主催となり、以後は平成の初めに結成された色川盆踊り保存会が大会を続けた。中心となったのは、大会が始まった際、青年会から唄い手を頼まれた地元の唄い手の方々だ。

 そうして49年が経ち、今日に至る色川盆踊り大会だが、今年の開催を機に変わったことが。保存会(松村光隆会長)メンバーの高齢化を理由に、開催主催が色川青年会(東条雅之会長)に引き継がれたのだ。

 久しぶりの開催の上、屋台柱となった青年会は、唄や踊りの練習から大会の準備まで、各々の仕事の合間に集い、膝を寄せ話し合いを重ねている。5年ぶりとあって、今年が初めての盆踊りというメンバーも少なくないが、皆が盆踊りに心を寄せるのは、「楽しいんやで」と色川の老若男女が盆踊りを大切に伝え続けてきた結果ではないだろうか。

 「子どもから大人、ご先祖様も!?、みんなが楽しめて繋がれる盆踊りになることを願って、当日は色川の産品や住民の出品を置いた畳の交流スペースも用意しています。各地から集まってもらえたら嬉しい。」と、関係者とのやりとりに汗を流す東条さん。

 一方、5年前の台風による中止以来、次回開催に思いを馳せていた当時の青年会会長原洋平さんは「いつの間にか、無いことに慣れてしまってもいた。踊りが出来る人もガクンと減っているだろうし、出店の形も人も変わる。今までの大会とは変わるのかもしれない。それが良い事なのか、今は分からない。」と、子供時代からずっと続いてきた事の変化することに、正直な気持ちを語る。