「いろがわびと」、第1回目は口色川区に住む久保惠資さんをご紹介する。惠資さんは昭和15年に生まれてから今日までずっと色川で暮らしてきた。子どものときに自分の家の山に植林をしたことから始まり、学校卒業後、森林組合に入ってから約6年前の引退を迎えるまで林業一筋で生きてきた。
「植林した苗木をネットで囲うようになったのは昭和60年頃から」と惠資さんは語る。30年程前から鹿による食害がはじまり、今ではみなさんもご存知の通り、鹿や猪、猿による農作物の被害も深刻だ。
そんな中「色川を明るくする会」が発足。惠資さんは当会の活動に深く携わっている。
「栗の木を一本伐っただけで、猿が来なくなった」
猿は山際に植えた栗や柿などの果実に誘われ、その先の田畑にも被害を及ぼす。伐木することは猿を誘引する原因を絶つと同時に、景観を明るくすることで獣たちがひそむ場所をなくすことにも繋がる。
私は一番聞きたかった質問をぶつけてみた。
「ボランティアで大変な活動をする動機は何ですか?」
惠資さんは笑いながら、うーんと悩み、「それが仕事だったから。大変さはないね」。そしてこう続ける。
「(土地を)管理する人がいなくなって、これから(色川は)どうなるんやろね」
色川という土地への想いの深さが強く伝わってくるのと同時に、自分の未熟さが恥ずかしくなった。惠資さんをはじめとした地元の方々から知恵や技を見聞きし学ぶのもそうだが、そんな「精神」こそ、継承していきたいと取材を通して強く感じた。